MINI と 私

 1953年生まれの私にとって「ミニ」という車は、単に車というだけでなく、メンタリティーを支える大きな要素となっている。それはビートルズと同じように、、、。
  「ミニ」が発売された時、私は六才である。「ミニ」と共に育ったと言えば、言い過ぎになるが、嗜好の下支えであり、ビートルズは指標だったのは間違いないと思う。
18才に車の免許を取ったものの、マイカーを手にするのはずっと後になる。
  あの初代セリカが出たとき私は二十歳。ついに日本の車も立派になり、かっこ良く、もうムスタングはいらないと思ったものだ。

 厚いドア、流れるようなボディライン、グラマラスなフェンダー等、今見てもカッコイイ!それでいて小柄な家の家族のファミリーカーとしても大活躍した。 若い人の間で「旧車」が流行のようだが、私達にとって、それは未来からやって来たNewCarだったのである! 
とはいえ、まだまだ日本のモータリゼーションは黎明期だったように思う。

 それから月日は流れ1983年「ホンダ シティ」が私の初のマイカーになった。シティのデビューはセリカとはまた違う意味で鮮烈だった。FF1.5BOXのハッチバックは、そう!ミニの再来だった。

 そのバリエーションは今の「ニューミニ」と同じように、ONEがタイプ E、クーパーがターボT、それからクーパーSがターボUである。そしてカブリオレがあるのも同じだった。
  私が運命のミニに出会ったのは、某中古車店の店頭で夕日に輝く赤白のクーパーだった。その時私はマツダロードスターNBに乗っていた。しかし我らがロードスターをもってしても、その夕日に輝くミニには抗しきれなかった。DNA的ミニの身体性を持っている身としては、もうロードスターに追金しても欲しいものになっていた。 

 2001年1月、晴れてミニのオーナーになった。NAロードスターが出たときには鳥肌がたったが、自分のミニのシートにおさまったとき、えもいわれぬ感慨があった。そして、歴史的存在であるミニに乗れることを深く喜んだ。
  「ミニ」をカワイイと言う。確かにキュートだ、しかしそれはキュートになろうとした訳ではなく、イシゴニスが考えた革新の合理的結果なのである。
  「ミニ」はラリーで何度も優勝し、あのポルシェにさえ勝った。そのキュートさと覇者でもって老若男女に多大な人気があり、車に興味のない人でもミニを見るとクーパーと言うほどである。とまれ、ミニは大衆車なのである。それゆえの人気でもある。
  97年型ローバーミニが新車で買える頃には、世の中逆転していてミニを越える車は国産車に山ほどあり、ミニに200万円以上出すのは私にとって相当の勇気のいるものとなり、ミニのDNAを体に持っていても中古車を手に入れるくらいが健康な選択といえた。
私が買った97年型ミニはATで走行12000q、まだまだ新車のボディ赤、屋根白という垂涎のラリーカーモードだった。ほんとはオリーブグリーンの屋根白で、いかにも足車で少しヤレた感じで乗るというのがイメージだったのだが、赤白にやられたわけである。

そんな私のミニであったが、四年半程で都合手放すことになってしまった。自らミニクラブも立ち上げていた。幸い新しいメンバーにミニを譲り渡す事が出来たのは良かった。
  さてミニを持っていないクラブメンバーというのも困ったもので、時折パッセンジャーにおさまるものの、決まりが悪い。それはしかしパッセンジャーを提供してくれるメンバーへの気後れというのもではなく、一期一会なメンバーだけに私もミニで答えたいというのもである。 
  ミニは小さい。軽自動車が新規格になってからはさらに小さくなった。ニューミニはヴィッツより小さいにもかかわらず、大きくマッシブだし、だからミニはもっと小さく見える。170pくらいのオーナーだとミニはペダルカーのようではないかと思う。人によってはBTTCカーのようなシート位置となる。
  現代からみた、ミニの車としての能力はどのようなものであろうか。誤解を恐れずに言えば、最悪の評価が並ぶことになる。走らない、止まらない、曲がらない!まるで交通三悪のようである。   

短いホイルベースに小さなタイヤがダイレクトに付き、FFで不等長で、トルクステアもキツく、スリーペダルもオフセットしステアリングも水平に近く「ミニ乗り」という運転スタイルも生みだした程である。腰痛を招きかねないドラポジだ。
  そんなミニが面白いのは、結局シンプルは楽しいと言うことだと思う。どのくらいシンプルかといえば、ダンボールの芝滑りと思えばよい。ただ下るだけの芝滑りなのだか、やった事のある人ならわかる楽しさが、土手をなんべんでも上り下りすることになる。時折ラインが定まらないものだから、草の根や突き出た小石などでジャンプしたり、転倒したり転げたり。それでもコントロールしているような、風を切る爽快感とスリルが楽しい!いやいや、もちろんミニは公道を走る車だから、その範囲(どの範囲)では問題ないし、良く走るし曲がる。って、それってタックインじゃないのとツッコミ入れたくなるが、まあだから楽しい。ゆえに今となっては趣味の車の範囲をでないと思うが、ミニのネガな部分を語れば語る程に希望(好き)がみえる「パンドラの箱」状態なのではなかろうか。そのネガの部分を社外パーッ等でいじり倒すのがまた楽しいという人がミニには多いが、それとて、マツダロードスターだってイジリの月刊誌があるし、日産マーチやトヨタヴィッツでも同じようにイジれるしレースもある。それでもミニが魅力なのは、その歴史にあり、文化である。

文化とは文字化であり、メタフィジカルである。物を通して紡ぎ出され、語られる話がある。継承するに値する事がある。それが文化だ。ミニにはそれがある。
  親を好き嫌いで言えないように、ミニにもそれがある。ダメだダメだと言っても、大人になって親を越えても残る「好き」がある。それがミニ(文化)だ。批評し、批判しまくってケチをつけまくっても輝ものがある。軽々しく「好き」とは言えない、大きな大きな「好き」が文化としてある。
 
ミニを降りると楽だ。すべての車が高級車に思えるほどだ。それでもまたミニに乗るのは、やはり芝滑りなんだと思う「文化」となったミニはミニを所有していなくても語る事が出来る。なぜなら文化だからだ。私(達)の身体には生活用品から、大きくは世界観までミニが宿る。 それでもミニにケチが付いてしまうのは私達の「もっと大きな文化」がミニの方向を向いていないからだ。芝滑りをゆるさない「管理社会」になっている。

 ミニは最後にエアバッグを装着したが、アブナイ車であることは一目でわかる。申し訳程度のリアバンパーからガソリンタンクまで20p程しかなく、追突でガソリンタンクが弾けるのは目に見えている。幸い寡聞にして、そのような事故を知らないが、それゆえミニが消えたと聞く。
 
さあ、どうでしょう、それでもミニの人気は衰えず、そのイメージはニューミニまで芝滑りもそのままに引き継がれたかに見える。ダンボールの切れ端にもみえるミニがますます人気上昇中である。私達はきっと忘れられないのだと思う。

体が風を切る感触を覚えていて、滑りたい、体で走りたい、リアルに走りたいと。
  文化となり、語られるミニは、その語りによって何故か満艦飾の体をなしているものも多い。また、シンプルなだけに足せば足すだけ速くなると言うことで、ミニの足周りのパーツ全てを入れ替える程に手を加え、Sタイアを履きこなす程になる。たしかに速い。
  ミニ乗りのほとんどはしかし、メーカーがスポーツパックを出そうとも、6Jのオーバーフェンダーを付けている訳でもない。それこそビンテージものはショーケースに入っているだろうし、そうでなくとも、オーナーの愛情で丁寧に乗られ、車であるからして走らせながら、保存するというように大切にされている。

 年式の高いミニでもビンテージ風にしたり、ミニのヒストリーを楽しむかのような走り、そして現代の日常の中においてミニの文化を楽しむという具合に。
多くの人がミニの歴史に敬意をしめしながら乗っていて、それがあるからこそ多くの人に人気があるのだと思う。カッ飛びだけのミニだけなら、これほどの人気と賛同は得られず消滅、乗り潰されていたに違いない。海岸沿いを夕日に照らされながら、ゆっくり走っても、レースで活躍したミニに思いを馳せることはできる。

 マツダロードスターがある。そのシンプルなオープンカーは消えかけていたライトウエイトスポーツカーを復活させた。オープンであるからして風も手に入れた。芝滑りだ!  NSXがある。ミッドシップのスーパースポーツだ。あれだけの高性能をリーズナブルに商品化した。我らが国産車も成熟したものである。
  これからのミニを語る上で、私達はミニだけを語るのではなく、大局的に車をとらえ、その中でミニをみつめ、批評し批判することからでてくるステップアップによって、さらなるミニの文化を作り出せるようにするのが、ミニクラブの使命のように思われる。もちろん趣味であるからしてカチカチになってはいけないが、趣味だからこそ真摯になれると言うことがある。
  私は車好きである。あの「赤い車」も「シルバー」の車も好きである。つまり世界の車が大好きだ!その中でもミニはひときわ輝いて見えるのかもしれない。ミニの書籍を買いあさり、ミニのプラモデルは7台も作ってしまった。

 イギリスからやって来たミニを、この暑い沖縄で乗るには健康な体と体力がいる。
最終型であっても、もとは1959年の車だ、その古さはいなめない。しかし「幸せ」は、それに至るまでの「手間」と「暇」、ゆえに「努力」と「時間」をかけなければ得られない、と辞書にも書いてある。
  窓を開け、涼しそうな顔で運転しているオーナーの笑顔とともに、ミニが走り去って行く。その後ろ姿は今更ながらとてもキュートだ。ミニは楽しい!

by OMC創設者 山羊氏


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